ランニング開始1年で変わったこと——32歳スタート、体重−17kgから週110km・VO2max61までの軌跡

📌 この記事の結論
  • 1年で変わったのは体重・走力・目標・習慣の4つ——最高体重から−17kg、VO2max61、サブ4からサブ3へ、生活は180度変わった。
  • 「このまま1年続く」と感じた瞬間はない——辛い時期がなく、気づいたらハマっていた。ノバブラスト5の走り心地とGarminのデータが楽しさを引き上げた。
  • 週110kmは「困らない最大値」——体調・睡眠・仕事との両立で困らない範囲で、工夫を重ねた結果のボリュームである。
  • 家族の支えがなければ続いていない——朝1時間半の練習中、息子の朝の世話を妻に任せ、嫌味なく結果を聞いてくれる環境がある。
  • 1年前の自分に伝えるなら「決断ナイスだね」——後悔はない。無理しすぎなくてよかったとすら思っている。
目次

はじめに:1年を振り返る理由

2025年1月3日、32歳でランニングを始めた。きっかけは新年の目標「健康な体を作る」だった。結果、体重は最高時から−17kg、VO2maxは61、週間走行距離は110km、目標はサブ4からサブ3へと移った。この記事では、開始から約1年で何がどう変わったかを、体重・走力・目標・習慣の4軸で振り返る。一般論の「1年続けるとこうなる」ではなく、N=1のデータと感覚だけを書く。

変化:体重・体組成と生活が180度変わった

観点走る前約1年後
体重最高時(詳細は割愛)57.8kg(−17kg)
体脂肪率15.3%
食事夕飯だけ。ファスティングに近い生活でも痩せていなかった朝昼は食べるものを決める。マラソンで成果を出すための最適化
飲酒夜にお酒を飲んでいた家では一切飲まない
睡眠質を上げるために睡眠の道具を導入
朝の過ごし方ギリギリまでゲーム、ギリギリで起きる5時起き、5時半〜6時頃にランニングで家を空ける

走る前と比べて、生活は180度変わった。太っているのに夕飯だけしか食べていない——ファスティングに近いことをしていても痩せていなかった。お酒も好きで夜に飲んでいた。朝は普通に起きて何もしていない。朝ギリギリまで夜ギリギリまでゲームをして、朝はギリギリで起きる。そんな日々だった。

マラソンで成果を出すために最適化していった。食事は朝昼で食べるものを決める生活にした。睡眠の質を上げるために睡眠の道具を買った。飲酒は家では一切しなくなった。全部が変わった。減量の「理由」は走ることそのものというより、走ることを軸に生活全体を組み替えた結果である。

軌跡:走力と「気づいたらハマっていた」

🗺️ 要点
  • 最初の一足・ノバブラスト5の走り心地が楽しさを引き上げた
  • Garminの情報で「走りの質を高めたい」が具体化し、データ分析が始まった
  • 「1年続く」と感じた瞬間はない。辛い時期がなく、気づいたらハマっていた

「このまま1年続く」と感じた瞬間は、はっきりとはない。まずノバブラスト5を買って走り始めたとき、普通にめちゃくちゃ走りやすくて、走っていて楽しい靴だった。走りの心地よさがランニングの楽しさを引き上げてくれた。1ヶ月2ヶ月は普通に続けられた。

走り続けるなかで、もっと走りの質を高めたいと思うようになった。そのときにGarminで取れる情報が全然違うと気づいた。そこからデータ分析が始まっていく。週110kmの論理や心拍ゾーンに基づく強度設定は、その延長線上にある。詳しくは「週110kmを維持する方法」やLTHR・閾値走の活用法に譲るが、楽しさの入口は「走り心地」と「データで見える化される質」の両方だった。

サブ4からサブ3へ目標を切り替えたのは、ハーフマラソンの結果が目安になったからだ。サブ3のペースでハーフが走れれば、フルでもサブ4はいける。湘南国際マラソンでは当初サブ4を目指していた。2月の時点でハーフをキロ5分20秒前後で走れていた。このままいけば、今の走力でもサブ4はいけるだろうと数値で判断した。だから「達成可能な最高目標」を検討した結果、サブ3に設定した。物足りないと感じたというより、具体的な数値が「いける」を示していた。

ボリューム:週110kmという「困らない最大値」

週110kmに初めて到達した時期の記憶は、特にない。ボリュームとしては最大だ。体調・睡眠・仕事との両立で困らない最大値が110kmだと考えている。困ったことはないが、工夫していることはたくさんある。だから「困らない最大値」でやっている。週間スケジュールの根拠は別記事週110kmを維持する方法に書いた。ここでは、1年を振り返る文脈で「転換点の記憶はないが、今はそのボリュームが当たり前になっている」という事実だけを置く。

環境:家族の支え——朝1時間半を任せる

息子はまだ小さい。妻には、朝5時に起きて5時半から6時頃にはランニングで家を1時間半空けるあいだ、朝ごはんをあげてもらったり息子を起こしてもらったり、息子の朝の世話を全部任せている。嫌味を言われることは一切ない。練習の結果をどうだったと聞いてくれる。レースの応援もしてくれる。家族の支えがあって今のトレーニングができている。

一言:1年前の自分に伝えるなら

1年前の自分に一言だけ伝えるなら、「決断ナイスだね」と言う。走り始めるという決断をしたこと自体が、その後の変化の起点になった。感傷的な励ましではなく、事実としての評価である。

転換点:走力と毎日のように強くなっている感覚

「走れるようになった」と強く感じるのは、月1回か2ヶ月に1回やっているハーフのタイムトライアルのときだ。そのタイミングで、だいたい走れるようになったなと感じる。日々の練習では、先週の自分より速いか遅いかを感じる。ほぼ毎日のように、強くなっているなと感じるタイミングはある。転換点が一点ではなく、小さな積み重ねの連続だという感覚に近い。

振り返り:失敗と後悔——「無理しすぎなくてよかった」

この1年で「あのときは無理した」「あれはやらなくてよかった」と後悔していることは、特にない。大きな怪我はしていない。内側広筋の張りやかかとの痛みはある。それでも後悔はない。逆に、あのとき無理しすぎなくてよかったと思っている。怪我管理の考え方は左足踵の腫れと内側広筋の張りにまとめている。ここでは、1年を振り返るうえで「失敗や後悔より、無理のなさがよかった」という結論だけを置く。

まとめ:次の1年へ

ランニング開始1年で変わったのは、体重・走力・目標・習慣の4つだ。体重は−17kg、体組成はマラソンで成果を出すための生活最適化の結果として変わった。走力はVO2max61、週110km、サブ3を目指す水準まで伸びた。目標はサブ4からサブ3へ。習慣は、朝の過ごし方・食事・睡眠・飲酒まで含めて180度変わった。「このまま1年続く」と思った瞬間はなく、気づいたらハマっていた。家族の支えがあり、無理しすぎずにここまで来た。次の1年は、サブ3を達成し、その先のサブ2:30へとつなげるフェーズだ。

❓ FAQ:よくある質問

ランニングを1年続けて体重はどのくらい変わった?

AZの場合は、最高体重から−17kg、現在57.8kg・体脂肪率15.3%である。減量の主因は「走ること」単体というより、マラソンで成果を出すために食事・睡眠・飲酒・朝の過ごし方まで最適化した結果だ。

1年でサブ3を目指せるまで走力は伸びる?

個人差が大きい。AZは32歳で開始し、約1年でVO2max61・週110km・5km19:39・ハーフ1:32:06・フル3:34:12まで伸びた。理論上サブ3圏内のVO2maxには到達しているが、フルではまだサブ3未達である。1年でどこまで伸びるかは、開始時の体力・生活制約・目標の立て方に依存する。

週110kmを続けるために工夫していることは?

体調・睡眠・仕事との両立で困らない範囲を「最大値」として110kmに設定している。朝5時起きでランニングの時間を確保し、息子の朝の世話は妻に任せている。食事・睡眠の質を上げ、家では飲酒をしないなど、生活全体をトレーニングに合わせて最適化している。詳しくは「週110kmを維持する方法」を参照してほしい。

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この記事を書いた人

RuncersLAB運営。フルマラソンでの目標達成に向けて、論理的かつ科学的なアプローチでトレーニングに励む市民ランナー。 現在は「週110km」の走行をベースに、Vo2MAX61を基準とした独自のメニューを追求中。自身の体験とデータに基づき、42.195kmを「使い切る」ための戦略やギアレビューを発信しています。

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