一人で走ることの価値:実験的アプローチで得られる『研究データ』とは【データ分析実践記】

📊 この記事の結論
  • 一人で走ることは「実験」であり、走行データは「実験結果」である
  • 一人だからこそ、自分を被験者として集中してデータ分析に時間を充てられる
  • データと感覚が不一致したときは、データを信じる。一人で走る以上、データ以外の指標がない
  • その日その日、一つの課題を持って走ることで、改善点を洗い出し続けられる
  • 前回の練習からの振り返りを得て、今回の走行で何を改善するのか——これが「実験」である
目次

🎯 Introduction:一人で走ることの価値とは

ランニングを始めた当初、私は「ランニングは単純な動作」だと思っていた。ピッチや上下動といったデータが測定されていることすら知らなかった。

だが、ランニングをもっと極めていきたいと考えたとき、Garminというスマートウォッチでデータが取れることに気づいた。その瞬間、私は一つの発見をした。

「走っているという動作は、データとして分析できる」

走りながらデータを分析し、自分の改善点を洗い出していく作業——それは、もうすでに実験をしているものと同義だ。だから私は、「走る = 実験結果」という考え方にたどり着いた。

この記事では、一人で走ることの価値を、データ駆動型ランニングの実践方法と思考プロセスから解説していく。

💡 Discovery:Garminでデータが取れることに気づいた瞬間

2025年1月3日、32歳のときにランニングを始めた私は、最初は何も知らなかった。ピッチや上下動、接地時間といったデータが測定されていることすら知らなかった。

だが、ランニングをもっと極めていきたいと考えたとき、Garminというスマートウォッチの存在を知った。そして、走行中にリアルタイムで心拍数、ペース、ケーデンス、上下動、接地時間といったデータが取得できることを発見した。

その瞬間、私のランニング観は変わった。

💡 気づき

走っているという動作は、データとして分析できる。

走りながらデータを分析し、自分の改善点を洗い出していく作業——それは、もうすでに実験をしているものと同義だ。

だから私は、「走る = 実験結果」という考え方にたどり着いた。ランニング結果をすべて公開している私にとって、走ることは実験結果そのものなのだ。

🔬 Philosophy:「走る = 実験結果」という考え方

私が「走る = 実験結果」という考え方に至った背景は、シンプルだ。

走りながらデータを分析し、自分の改善点を洗い出していく作業——それは、もうすでに実験をしているものと同義だ。だから私は、走ることを「実験」と呼び、その結果を「実験結果」として扱っている。

実験とは何か

私にとって「実験」とは、前回の練習からの振り返りを得て、今回の走行の時に何を改善するのかというところを指している。

例えば、前回のインターバルでは8本のインターバルをしていて、全てが制限時間内に収まらなかった。そのとき、私は「走り方が悪かったんだ」という考え方になった。

あるいは、1本目をちょっと焦りすぎたなと感じた経験がある。それを逆に次の走行をするときに改善ができていくのか、改善をするためにどうしたらいいのかということを考えて、それを実行する——これが「実験」である。

一人で走ることで、この実験を邪魔されることなく実行できる。それが、一人で走ることの最大の価値だと私は考えている。

📊 Insight:一人で走ることで得られる具体的な洞察

一人で走っていると、自分がどういう風に走っているかというのが一切わからない。だからこそ、自分を被験者・実験体として考えて、上下動だったりピッチが変わることによって自分の走りがどう変わるかみたいなものを集中して分析するということができる。

当然、他の人が一緒に走る人がいたりすれば、その人に見てもらって上下動がどうだとか走り方がこうなっているみたいなことが当然見れたりはする。だが、一人で走っているからこそ、集中してデータの分析に時間を充てられるというのもある。

データと感覚の不一致

データと感覚の不一致を感じた例は、当然ある。

自分がそんなに飛んでないなというふうに思っていても、上下動が結構出ていたりする。心拍もそんなに上がっている感じはしないけど、心拍が上がっているなみたいなことは普通にある。

心拍に関しては、本当にGarminの「静」という単語もたまにあったりはする。だが、上下動とかピッチとか、接地時間とかは、かなり正確にとられているんじゃないかなというふうには思っている。

この不一致をどう扱うか——それが、一人で走ることの価値を決める。

⚖️ Data Integration:データと感覚の統合プロセス

Garminのデータを見て、感覚と異なる結果が出たとき、私はどう判断しているか。

まず、SIMPACに関してはあまり信用してはいないというところはある。だが、それ以外の接地時間とか上下動に関しては、そこが本物のデータだと思って判断するようにしている。

逆に、一人でやっている以上、それ以外の指標というものがない。そうなってくると、それを基準として自分の改善点を模索するしか方法がないというところから、感覚と異なる結果が出たときはデータの方を信用するというふうな形になっている。

💡 私の判断基準

データを信じる。

理由:感覚は人により千差万別だが、データはどの角度から見ても1つ。嘘をつかない。

一人で走る以上、データ以外の指標がない。だからこそ、データを基準に改善点を模索するしかない。

🧠 Thinking Process:一人で走る時の思考プロセス

一人で走ることは「全然暇ではない」と私は考えている。

当然、誰かと一緒に走っていれば、走っている最中の上下動とかそういったものを見てくれる人がいる。だが、一人で走っているということは、周りから何かを指摘されるということは一切ない。だから、自分が今どういう走りをしているかというのを自分なりに考えないと改善はしていかない。

走行の時の思考方法に関しては、その日その日どういう課題を持って走るかというのが大事だ。

上下動を減らすためにどうやって走ってみようとか、接地時間を短くするためにどうやって走ってみようかなとかというふうに、日々一つ課題を持って走ってみるというのが一人で走る時のメリットだ。

逆に、そういうことを思っている時に誰にも邪魔されないというのがメリットになる。そういうふうに考えながらフィードバックをして分析をしたりしている。

具体的な思考プロセスの例

例えば、前回のインターバルで全てが制限時間内に収まらなかった。そのとき、私は「走り方が悪かったんだ」という考え方になった。あるいは、1本目をちょっと焦りすぎたなと感じた。

それを逆に次の走行をするときに改善ができていくのか、改善をするためにどうしたらいいのかということを考えて、それを実行する——これが「実験」である。

一人で走ることで、この実験を邪魔されることなく実行できる。グループで走っていると、突然グループで走っている人が速く走り始めてしまって、その人についていかなきゃいけないみたいなことがあったりもするだろう。だが、一人で走ることで、その日その日、自分の課題を潰し込むために練習をするというのが一番改善にはつながる。

🛠️ RuncerLAB:データ可視化ツール開発の動機

データ可視化ツール「Runcer」を作ろうと思ったのは、Garminの限界を感じたからだ。

GarminってCSVで情報を取るということは当然できる。だが、それが本当にいいのかとか、それがどうやったら改善するかみたいなところって全然教えてはくれない。

いいか悪いかっていうのは、なんとなく色付きで判断できたりはする。だが、それをどう改善するかまでの話っていうのは当然してくれない。データはデータでしかない——これがGarminがやっていることの限界なのかなというふうに思っている。

そのデータをどう活かすかというようなプロセスが、やっぱり一人で走るランナーにとってはないかなと思っている。だから、Runcerを作ってアプリを導入してみようかなというふうに考えている状況だ。

一人で走るランナーにとって、データをどう活かすかというプロセスは重要だ。Garminはデータを提供してくれるが、そのデータをどう改善に繋げるかまでは教えてくれない。Runcerは、そのギャップを埋めるためのツールとして開発している。

⚔️ Comparison:一人走 vs グループ走の価値

一人で走ることで、グループ走では得られない価値を感じた経験は何度もある。

グループで走っていたら、自分ではなかなか気づけないデータには現れない気づきみたいなものは当然グループで走っていた方がある。例えば、足を地面をよく蹴っているだったりとか、走っている時の目線の保ち方とか、腰が下がっているとか、そういった部分だ。

そういうのって、Garminのデータだけだとどういう風になっているかというのはちょっとわからないというところがある。あと腕の振り方とか、姿勢も、それらはもう全てだ。そういったところはグループで走っている時に友達に見てみてみたいな話をして対応することができるのがグループ走のいいところだ。

だが、一人で走ることのメリットっていうのは、他人に邪魔されないというのがとてもいいことだ。

今日はいいペースでお尻を使った走り方をしようというふうに思っていたとしても、グループで走っているときに当然突然グループで走っている人が速く走り始めてしまって、その人についていかなきゃいけないみたいなことがあったりもするだろう。

そういうふうに練習っていうのは、その日その日、自分の課題を潰し込むために練習をするっていうのが一番改善にはつながる話かなと走りやりトレーニングの仕方かなというふうには思う。だが、グループで走っていると誰かの課題に突き沿う形でランニングをしなきゃいけないみたいなことがあったりもする。

そういうところに縛られないっていうのが一人で走ることの価値だ。

⏰ Practice:週110kmを一人で維持する理由

一人で110kmを維持することが重要だと考える理由は、シンプルだ。

まず、一人で走っていないと時間が取れないというところがある。私個人の話で言うと、やっぱり朝は90分からぐらいしか時間がないというところなので、もう家出た瞬間から走り始めて90分以内に帰ってくるということをしたいというのが目的になる。

グループでやっぱり走っていると、待ち合わせの時間だったりとか、その待ち人が遅れてしまうとかそういったことがあったりすると思う。だから、自分がやりたいときにやるとかっていうことができるのが一番いいことかなというふうに思っている。

考えてはないんですが、逆に110kmを維持するグループとして走ってしまうと、110kmを必ず到達しなきゃいけないという風な考えになってしまって、調子が悪いのに無駄に距離を伸ばしてしまうみたいなことがあったりも逆にするかなと思う。そういったところはグループで走るのと個人で走るのとの差なのかなというふうに思う。

一人で走ることで、その日のコンディションに応じて柔軟に調整できる。これが、週110kmを「無理なく」維持するための重要な要素だ。

📈 Analysis Method:走行データの分析順序と観点

走行データを見る際、どのような順序・観点で分析するか。

順序は特に関係ないかなというふうに思う。だが、心拍によって私はゾーン管理をしているので、まずLTをしているんだったらちゃんとゾーンの4だったり5に入っているのかというところから分析を開始するという形にはなる。

つまり、ゾーンにちゃんと入っているか、練習の定義に沿った心拍数で練習ができているかというのを見つつ、ペースとかケーデンスというものを見ていくという形になる。だから、別に順序に関しては関係ない。

観点:練習内容ごとの比較

観点っていうところに関して言うと、EペースはEペースのピッチとか接地時間というところがあると思う。だから、Eペースは前回のEペースと比較してどうだったかみたいなところの観点で分析をするという形にしている。

練習内容ごとに、比較すべき指標が変わる。インターバルなら心拍とペース、Eペースならピッチと接地時間——こういった観点で、前回の練習と比較しながら分析していく。

🔄 Experiment Cycle:過去のデータから得た実験結果の活用

過去の走行データを見るときっていうのは、必ず私の場合は練習とセットで走行データを見るという形になる。月曜日であればリカバリー、火曜日であればインターバルという形になっている。

インターバルの走行データの実験結果を得て、それが良かったのか悪かったのかまず分析する。その後、悪かったのであれば何が悪かったかというものを分析して、その次のトレーニングに反映させていくというようなことをしている。

良い悪いというのは個人で考えるしかないので、一人でやっている場合はそうなってくる。だが、それがどう良いのかとかどう悪いのかというのが判断できないの方が多いと思う。そういう時は生成AIに頼って生成AIに分析してもらうというような形にしている。

いろいろなランナーの実験結果、走行結果とかっていうものも生成AIは学習をしているので、その結果と比べてどうなのかというものを生成AIに聞いてみて、もっとよくできる点っていうのがないかというものを分析していくというのがやっていることだ。

💡 私の分析プロセス
  • 走行データをCSVで吐き出す
  • 生成AIにインプットさせてフィードバックをもらう
  • そのフィードバックした結果をもって次の練習に生かす

このサイクルを繰り返すことで、一人で走りながらも、客観的な分析に基づいた改善を続けられる。これが、一人で走ることの価値を最大化する方法だ。

🎯 Core Message:実験とは何か——前回からの振り返りと改善

この記事で最も伝えたいことを、最後にまとめておきたい。

私にとって「実験」とは、前回の練習からの振り返りを得て、今回の走行の時に何を改善するのかというところを指している。

前回のインターバルでは8本のインターバルをしていて、全てが制限時間内に収まらなかった。そのとき、私は「走り方が悪かったんだ」という考え方になった。あるいは、1本目をちょっと焦りすぎたなと感じた経験がある。

それを逆に次の走行をするときに改善ができていくのか、改善をするためにどうしたらいいのかということを考えて、それを実行する——これが「実験」である。

一人で走ることで、この実験を邪魔されることなく実行できる。グループで走っていると、突然グループで走っている人が速く走り始めてしまって、その人についていかなきゃいけないみたいなことがあったりもするだろう。だが、一人で走ることで、その日その日、自分の課題を潰し込むために練習をするというのが一番改善にはつながる。

データはどの角度から見ても1つ。嘘をつかない。一人で走る以上、データ以外の指標がない。だからこそ、データを基準に改善点を模索するしかない。

これが、一人で走ることの価値だ。

❓ FAQ

一人で走ることの最大のメリットは何ですか?

一人で走ることの最大のメリットは、他人に邪魔されないということだ。その日その日、自分の課題を潰し込むために練習をするというのが一番改善にはつながる。グループで走っていると、誰かの課題に突き沿う形でランニングをしなきゃいけないみたいなことがあったりもする。そういうところに縛られないというのが一人で走ることの価値だ。

データと感覚が不一致したときはどう判断しますか?

データと感覚が不一致したときは、データの方を信用する。一人でやっている以上、それ以外の指標というものがない。そうなってくると、それを基準として自分の改善点を模索するしか方法がないというところから、感覚と異なる結果が出たときはデータの方を信用するというふうな形になっている。SIMPACに関してはあまり信用してはいないが、接地時間とか上下動に関しては、そこが本物のデータだと思って判断するようにしている。

一人で走る時の思考プロセスはどのようなものですか?

一人で走る時の思考プロセスは、その日その日どういう課題を持って走るかというのが大事だ。上下動を減らすためにどうやって走ってみようとか、接地時間を短くするためにどうやって走ってみようかなとかというふうに、日々一つ課題を持って走ってみるというのが一人で走る時のメリットだ。そういうことを思っている時に誰にも邪魔されないというのがメリットになる。そういうふうに考えながらフィードバックをして分析をしたりしている。

過去の走行データをどう活用していますか?

過去の走行データを見るときは、必ず練習とセットで走行データを見るという形になる。インターバルの走行データの実験結果を得て、それが良かったのか悪かったのかまず分析する。その後、悪かったのであれば何が悪かったかというものを分析して、その次のトレーニングに反映させていく。良い悪いの判断ができない時は、生成AIにCSVをインプットさせてフィードバックをもらい、そのフィードバックした結果をもって次の練習に生かすということをやっている。

📝 まとめ:一人で走ることの価値——実験としてのランニング

一人で走ることは「実験」であり、走行データは「実験結果」である。

一人だからこそ、自分を被験者として集中してデータ分析に時間を充てられる。その日その日、一つの課題を持って走ることで、改善点を洗い出し続けられる。

データと感覚が不一致したときは、データを信じる。一人で走る以上、データ以外の指標がない。だからこそ、データを基準に改善点を模索するしかない。

前回の練習からの振り返りを得て、今回の走行で何を改善するのか——これが「実験」である。一人で走ることで、この実験を邪魔されることなく実行できる。

データはどの角度から見ても1つ。嘘をつかない。これが、一人で走ることの価値だ。

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この記事を書いた人

RuncersLAB運営。フルマラソンでの目標達成に向けて、論理的かつ科学的なアプローチでトレーニングに励む市民ランナー。 現在は「週110km」の走行をベースに、Vo2MAX61を基準とした独自のメニューを追求中。自身の体験とデータに基づき、42.195kmを「使い切る」ための戦略やギアレビューを発信しています。

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